模倣の欲望

和文和訳

昔、翻訳というものはしょせん、どう転んでもニセモノである、ということを森有正が言っていたので、わたしはあまりにもひどい翻訳は別として、だいたいどんな翻訳でも許容することにしている。 それでも、先行訳の誤訳をそのまま写している、言うなら「和文…

文は人なり

或るとき、と言っても、わたしがずいぶん若い頃だが、トルストイやドストエフスキーの翻訳をしていた工藤精一郎氏から「これを読め」と言って、一冊のソ連の文学雑誌(『文学の諸問題』だったか?)を渡された。そこにはショーロホフが盗作作家だということ…

盗作作家二人

あの世に行ってしまったカミさん、その母親が富山の人で、神戸の地震のあと、彼女の住んでいたアパートが壊れたので引き取って一緒に住んでいた。その人が自分の知っていた堀田善衛のことをいろいろ言うので、わたしは「ああ、良い人なんだな」などと思って…

いやな人には会わない

いやな人には会わない。いやな人に会うと、必ずグロテスクなことになる。たとえば、わたしはその人に会っている不快さに耐えることができなくなり、アルコールを浴びるように飲み、こちらの精神が崩壊して乱暴狼藉を働くとか、罵声をその人に浴びせるとか・…

ドストエフスキーとニーチェ

三島由紀夫をはじめ、ニーチェの思想に共感する人は多いけれど、学生だった昔から、私にはそういう人がよく分からなかった。学生の頃は何となくイヤだなあ、と、思っていただけだが、ドストエフスキーが分かるようになってからは、ニーチェの思想は回心前の…

(続々)亀山郁夫の「100分de名著」

正月に、たまりすぎたテレビの録画を消去していて、偶然、亀山の「100分de名著」の最終回(第四回)を見てしまった、ということについてはすでに述べた。見なければよかったのだが、見て、不愉快になり、ついブログに不愉快になった理由を書いてしまった。と…

不幸な家族は幸福な家族を不幸にする

元農水次官が長男を殺してしまった事件の判決が先日あった。 私はこの事件が起きたとき、これは典型的な「いじめ事件」だと思った。 私のいう「いじめ事件」とは、家族の一員が誰かから受けたいじめによって家族が崩壊してゆく事件のことだ。私の家族の場合…

不登校と医療

昔、大阪で「不登校と医療を考える」というシンポジウムを開いた。精神科医の石川憲彦、川端利彦、門真一郎、それと東京シューレの奥地圭子の四人にしゃべってもらった。とても有益な内容のシンポジウムになった。不登校児が精神科医にかかるさいの参考にな…

アルマーニの制服

これは人のワルクチである。気分が悪いが、言わなければなるまい。 銀座の泰明小学校の校長が生徒にアルマーニの制服を四月から着せるそうだ。「ヴィジュアル・アイデンティティ」とかいうわけのわからんものを生徒に身につけさせたいということだ。要するに…

ある質問について

昨日の講座のあと、自尊心の病に憑かれている人は、何故、模倣の欲望に憑かれるのですか、という質問を受けました。それについては昨日配布した「解答と回答(16)」のp.13の下から8行目以降、さらにp.15の11行目以降(ペテロはなぜ泣いたのか・・…

豊洲移転問題

わたしはいまマスコミが騒ぎ立てている豊洲移転問題(注)そのものに興味はない。豊洲への移転は安全の面から言って、何の問題もない。わたしにとって興味があるのは、移転して何の問題もない豊洲市場について、なぜ小池都知事やマスコミが問題にしているの…

上がらない方法

私たちは人間の活動を通して、その人間を見ている。そこに優劣はない。時間の流れの中で生きている人間に優劣をつけることなどできない。これはベルクソンが『時間と自由』の中で述べていることだ。 しかし、私たちは人間の活動から時間を奪いとり、その活動…

空気

最近の福島の放射能汚染に対する騒ぎを見ていると、昔のPCB汚染騒動やイタイイタイ病のことを思い出す。 PCB汚染騒動では、有吉佐和子が朝日に「複合汚染」という連載小説を書いたり、漁業関係者が風評被害を受けたりしたのを記憶している。ところが、しばら…

試合筋

きのう寝ようと布団に入ってNHKの「リオ五輪の星 素顔に迫る! グッと!スポーツ」を見ていたら、体操の加藤凌平選手が出てきた。子供のときから人前であがったことがない、ということだった。試合が近づいてきても、緊張で固くなったりしない。興奮してくる…

神聖不可侵なもの

最近、内田樹が「僕が天皇に敬意を寄せるわけ」という文章を書いていた。私はその文章に違和感を覚えたので、その理由について書いておきたい。なぜなら、その違和感は私が最近の政治状況にしばしば覚える違和感でもあるからだ。 日本人には最期に結論を言うと…

東京裁判

ベルジャーエフの西洋観 今もときどき読み返す文庫本のひとつに、学生のころ買った『現代世界における人間の運命』(ベルジャーエフ、野口啓祐訳、社会思想社、1957)というのがある。ヨーロッパに亡命していたロシア人のベルジャーエフが1934年に書いた…

井伏鱒二

私は高校の頃、井伏鱒二が好きで、その作品はだいたい読んだ。愛読するようになったのは、高校の図書館で偶然、井伏の「鯉」という短篇を読んだからだ。「鯉」というのは、青木南八という友人の死を悼んだ私小説だ。 「鯉」にとても感心したため、「鯉」のよ…

自尊心などありません

年を取ると、いろんなことを思い出すものだ。さっき、ふらふらと夕闇の中を散歩をしていると、変なことを思いだした。 三十すぎのころだったか、「あなたには自尊心というものがないの!」と、突然、私と同じぐらいの年のロシア文学研究者に怒鳴られたことを…

歴史主義

朝日新聞に再掲載されている漱石の『それから』もそろそろ終わりにさしかかり、わたしはすっかり明治の人間になったつもりで、毎日それを読んでいたのだが、先日、その百六回目を読み、自分が明治の人間ではないことを改めて感じせてくれる一節に出会った。 …

DVにさらされる子どもたち

昨年の今頃、NHK(総合・大阪)で、「DVにさらされる子どもたち〜見過ごされてきた面前“DV”の被害」という番組を見て、フェイスブックに次のような文を書いた。今も同じ気持なので再録します。 - 昨夜見た番組。寝ようと思ってテレビをつけて見始めたら、最…

優等生の愚かさ

すでに「非暴力を実現するために」で述べたことだが、私は小学校に入って、先生のいう「1+1=2」の意味が分からず、ひどく苦しんだ。また質問しても答えてくれる先生もいなかった。先生は呆然とするだけだった。このため、そういう先生に教えてもらう学…

何を読むか(3)

『孤島』(J・グルニエ) 私には若い頃、よく理解できないのに、この本は自分にとって決定的な意味をもつと思うことがあった。なぜそんな風に思ったのか。私に未来を見通す超能力があったからか。ばかな。そう思った理由ははっきりしている。私は狂っていたの…

聞いてほしい 心の叫びを

NHKスペシャル『聞いてほしい 心の叫びを 〜バス放火事件 被害者の34年〜』(初回放送=2014年2月28日(金)午後10時00分〜10時49分:語り=山根基世 朗読=余貴美子)。 最近、再放送があったので見ました。見ていて、昔、不登校や引きこもりの会をやってい…

『沖縄ノート』1

私が学生の頃読んだ大江健三郎の『沖縄ノート』(岩波新書)。当時は大江の記述をそのまま信じ、軍部というのはひどいことをするものだと思っていた。 ところが、後年、当時の座間味島での日本軍指揮官梅澤裕氏と渡嘉敷島での指揮官赤松嘉次の弟である赤松秀…

歴史について 

次の文章は、パリに亡命していたロシアの哲学者ニコライ・アレクサンドロヴィッチ・ベルジャーエフが1934年に書いた、『現代世界における人間の運命』(野口啓祐訳、社会思想社、1957)です。ここでベルジャーエフは、ヨーロッパ流の民族主義、とくにナ…

ジラールのドストエフスキー論の意義

受講生からの質問がありましたので答えます。 「ルネ.ジラールの模倣の欲望についての考えを否定することはドストエフスキーの宗教観の源(キリスト)を否定することになる」と私は授業で述べましたが、それはどういう意味か、というご質問です。 ジラールは…

コップの中の嵐

長瀬隆からの返信を一ヶ月待っているが、来ないので、この文章を書く。ドストエフスキーに関心のない人にはつまらないコップの中の嵐だろう。しかし、ジラールのいう模倣の欲望を明らかにしている話だと思うので、ドストエフスキーやジラールに興味のある人…

『ドストエフスキー 父殺しの文学』批判(4)

使嗾もない 前回、亀山はジラールのいう「模倣の欲望」=「父親殺し」という考えが理解できないまま『ドストエフスキー 父殺しの文学』を書いていると述べた。このため、亀山は自分の出鱈目なジラール理解を『ドストエフスキー 父殺しの文学』で吹聴し続けて…

『ドストエフスキー 父殺しの文学』批判(3)

亀山のドストエフスキー論における根本的な矛盾 前回述べたように、ジラールは、ドストエフスキーによる模倣の欲望の発見によって初めて、フロイトのエディプス・コンプレックスの概念、そして、その概念から派生した『トーテムとタブー』の「父親殺し」のシ…

『ドストエフスキー 父殺しの文学』批判(2)

エディプス・コンプレックスなどない 亀山郁夫の文章の特徴は、つかみどころがないことだ。それは亀山が適当な思いつきに嘘をまぶしながら、連想ゲームのように次から次へと妄想を展開してゆくからだ。このため、読者が「変だな」と思っても、もう話題は別の…