豊洲移転問題

 わたしはいまマスコミが騒ぎ立てている豊洲移転問題(注)そのものに興味はない。豊洲への移転は安全の面から言って、何の問題もない。わたしにとって興味があるのは、移転して何の問題もない豊洲市場について、なぜ小池都知事やマスコミが問題にしているのかということだ。もちろん、小池都知事は自分の野心をみたす政治的な道具として、マスコミは読者や視聴者の注意を引きつけ金をもうけるため、この豊洲移転問題を利用しているのだろう。それは自明の事柄なので、興味はない。わたしが豊洲移転問題に関心をもつのは、それが昔から日本人が病として反復してきたある事態であるからだ。
 空気に弱いのは日本人だけはないが、ルネサンスを経ていない、したがって、伝統的に個人意識の弱い日本人はとくに空気に弱いと言える。先のアメリカとの破滅的な戦争を始めたのも、日本人に特有の、この空気のためだった。あの小林秀雄さえ、その空気にあらがうことができず、日本の真珠湾攻撃を讃美した。
 日本人がこの空気というものによって将来破滅してゆくのはまちがいない。豊洲移転問題はその前兆のひとつにすぎない。2016年のきょう、このブログに次のような記事を書いた。PCB汚染騒動やイタイイタイ病の問題にしろ、日本人が将来破滅してゆく前兆にすぎない。

 最近の福島の放射能汚染に対する騒ぎを見ていると、昔のPCB汚染騒動やイタイイタイ病のことを思い出す。
 PCB汚染騒動では、有吉佐和子が朝日に「複合汚染」という連載小説を書いたり、漁業関係者が風評被害を受けたりしたのを記憶している。ところが、しばらくすると、PCBが毒になるというのは嘘だと分かり、私たちは魚介類を以前と変わらず食べ始めた。
 また、富山のイタイイタイ病の原因がカドミウムか否かということは、いまだに分からないままだ。山本七平の「「空気」の研究」によれば、世界のカドミウム鉱山の近くでイタイイタイ病のような被害が出たのは富山の神通川流域だけだそうだ。
 それから、これは私自身の体験だが、以前、和歌山の龍神村に住んでいたとき、大金をはたいて(あとで村の補助を受けたが)、庭に念願のゴミ焼却炉を作った。しかし、作ってしばらくすると、ダイオキシン騒動が起きて、村の指導で、各家庭のゴミ焼却炉は使用禁止となった。ために、ゴミ焼却炉は壊した。ところが、これもしばらくすると、ゴミ焼却炉から出るダイオキシンの毒も人体には無視できる程度のものだということが分かった。
 日本人だけではないが、特に日本人には事実を調査する前に騒ぎ立てる癖があるらしい。騒ぎ立てる前に、事実かどうか確かめるのがよいと思うのだが、どうしても不安から騒ぎ立てる人が出てくる。
 無理もないことなのだが、騒ぎ立てていると、殺気だった「空気」が醸成されて、冷静な調査もできなくなる。
 また、騒ぎ立ててそれを政治的に利用しようとする意識的あるいは無意識的な詐欺師もいる。
 何度同じ失敗を繰り返せばいいのだろう。つくづく日本人は「空気」に弱い民族だと思う。

(注)豊洲移転問題とは、2016年、東京都知事になった小池百合子氏が、老朽化し危険になった築地市場東京ガスの跡地に作った豊洲市場に移転するのを止めた事件のこと。小池都知事以前に石原慎太郎都知事は、すでに豊洲市場をコンクリートで覆い、地下の汚染物質が地上に出て来ないよう対策を講じていた。これで安全は確保されていたのだが、当時のマスコミ、それに都議会の民主党共産党の批判があり、汚染された地下水にたいする対策を行い、巨額の費用を投じた。このような汚染水対策はおまじないのような無意味なものであったが、都民の不安を鎮めるため、石原都知事は汚染水対策を行った。しかし、そうしていったんは収まった都民の不安を小池都知事はふたたびかきたて、その不安を権力獲得のための手段として利用したのである。