初心忘るべからず

 「初心忘るべからず」という言葉があるが、私にとって「初心」とは、離人症(私の場合は離人神経症)から回復したときの感覚だ。離人症に30歳すぎになった。自尊心の病の果てになった病だった。その数年後に見た離人症から回復したときの風景については何度も書いたことがある。その風景を見たときの感覚を一言で言えば、「生きている感覚を味わうだけで十分である」ということだ。離人症のときは、生きている感覚を味わうことができず、自分の目の前で言い争ったり仲良くしたりしている人を見ても、動物園のお猿を見ているような感じしか受けなかった。それが、離人症が治ったとき、同じ人間の振るまいとして感じるようになったのだ。また、それまで疎遠であった景色も、実感をともなって感じることができるようになった。要するに、私はゼロから無限大の存在になったのだ。ゼロから見ると、限りなくゼロに近い0,0000000...1でさえ無限大なのである。このほんの一歩が私にとっての「初心」だ。だから、嫉妬したり、言い争ったりしている人を見ると、ずいぶんぜいたくなことをしていると思ってしまう。そういう人を見ると、私は「初心」にかえって、もっと大事なことに自分の一歩を使いたいと思う。もっと大事なこととは人を愛するということだ。