2015-01-01から1ヶ月間の記事一覧

何を読むか(6)

『ヴェネツィア――水の迷宮の夢』(ヨシフ・ブロツキー) 小説家や詩人とかぎらないが、人と人との付き合いと同様、書き手と読み手のあいだにも相性というものがある。文章の息づかいなのか、間の取り方なのか、それとも血液型なのか(冗談)、ともかく、何だ…

暴論あるいは正論?

前回、年を取ってくると、抽象的な理屈が空しくなると述べた。しかし、それは若いころから分かっていたはずのことで、それはどういうことなのか、じっくり考えるべき事柄のひとつであったはずだ。 でも、若いころは知識が不足しているので、知識を増やすため…

何を読むか(5)

「七万人のアッシリア人」(ウィリアム・サローヤン) 年を取ってくると、同じ本をとっかえひっかえ読むようになる、と、昔、年寄りの吉田健一と石川淳が対談で喋っていた。吉田健一はそのあとすぐに、石川淳はそれからかなりたって亡くなった。石川はしぶと…

何を読むか(4)

『人生、しょせん運不運』(古山高麗雄) このシリーズの初回で、「私は古山高麗雄の脱力した文章が好きだ」と述べたが、古山はいつもいつも脱力していたわけではない。やはり人間なので、腹の立つこともある。そういうときは、全身に力が入ったようだ。とく…

何を読むか(3)

『孤島』(J・グルニエ) 私には若い頃、よく理解できないのに、この本は自分にとって決定的な意味をもつと思うことがあった。なぜそんな風に思ったのか。私に未来を見通す超能力があったからか。ばかな。そう思った理由ははっきりしている。私は狂っていたの…

何を読むか(2)

『男のポケット』(丸谷才一) 私は50歳近くになってある大学に拾われた。それまで、関西のさまざまな大学で非常勤講師をしながら、家族と自分の命をほそぼそとつないでいた。別の所にも書いたように、40歳をすぎた頃から週に25コマ教えなければ生活し…

何を読むか(1)

「蟻の自由」(古山高麗雄) 「どうせ死ぬなら、女を知ったって知らなくたって、すぐなにもかもなくなっちゃうじゃないか」 と僕が言うと、 「きみは、散々遊んできたから、そんなことが言えるんだ。俺はそうはいかん」 と小峯は言いました。 「そうか、じゃ…

高須久子

NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」が始まった。前回の大河ドラマ「軍師官兵衛」は、大河ドラマとしては久しぶりに男性の書いた脚本で安心して見ることができた。と言うと女性蔑視のように思われるかもしれないが、そうではなく、「軍師官兵衛」以前は、大河ドラマの…

アイヒマン的なるもの

小林秀雄が『満州新聞』に一九三七年から一九四〇年に書いた文章が見つかったというので、その文章が掲載されている雑誌『すばる』(2015年2月号)を購入した。感想から先に言うと、これまで読んできた小林の文章と同じもので、新しい事実は何もなかった。そ…

何を書くか

わたしが下らないと思う作家は、前に述べたように、間違ったことを書き、その間違いを他人から指摘されても訂正も謝罪もしない、厚顔無恥そのものの作家だ。それは誰かと問われれば、わたしは即座に十人以上の作家や学者を挙げることができる。そのような作…

なぜ書くのか

わたしはなぜものを書くのか。これはものを書きはじめた頃からいつも自分に向けてきた疑問だった。それが何であれ、小説であれ論文であれ、ものを書くときにはいつも自分に「自分はなぜこれを書いているのか」と問いかけてきた。わたしにとって書くとは、な…

一度でも

一度でも手を抜いたらだめだよ。それを読んだ人は、もう二度ときみの書いたものを読んでくれないからね。 四十年以上前、学生の頃、小島輝正から言われた言葉だ。当時、ある同人誌の編集をしていた小島が「原稿がない」と嘆いていたので、書きためていた小説…

悲しい記憶

トルストイの『アンナ・カレーニナ」』の冒頭に、「幸せな家庭はすべて、おたがいに似ている。でも、不幸な家庭はそのひとつひとつが、それぞれに不幸だ。(Все счастливые семьи похожи друг на друга, каждая несчастливая семья несчастлива по-своему.)…

親殺し・子殺し

以前、精神に障害を抱えた三男の暴力に悩んだあげく、その三男を殺してしまった父親の記事(2014年12月4日付朝日新聞朝刊)を読み、どうして父親はそんな風に思い詰めてしまったのか、と不審に思った。そのあと、朝日新聞(2014年12月30日朝刊)に以下のよう…