好きな作家

野見山暁治

年とともに本の読み方が変わってきた。 本から透けて見える著者の人間を読むようになった。 下らないやつが書いた本は、いくら巧みに述べられていても、下らない。下らないから、そういう本を書いたやつは下らないと分かる。そして、その本を読むのがイヤに…

盗作作家二人

あの世に行ってしまったカミさん、その母親が富山の人で、神戸の地震のあと、彼女の住んでいたアパートが壊れたので引き取って一緒に住んでいた。その人が自分の知っていた堀田善衛のことをいろいろ言うので、わたしは「ああ、良い人なんだな」などと思って…

越知保夫について

わたしの愛読していた小説家の西村賢太が急死し、その追悼文をロック歌手兼小説家の町田康が書いていたのを書店で立ち読みし(「西村賢太さんの文章」、『群像』四月号所収、2022、pp.147-149)心を打たれたので買い求めた。これから町田康の小説を読みたい…

鈴木大介と武満徹

最近、本棚の整理をしていると、『武満徹全集』(小学館)がセロファン紙に包まれた新品の状態で出てきたのでひどく驚いた。 五年ほど亡き妻の看病に明け暮れているうちに買ったことさえ忘れていたということだろう。たしか、全三巻だったはずだが、なぜか第…

天分

高校生の頃、アドリブ教則本みたいなものを何冊か買いこんで一年ほどトランペットでアドリブの練習をしたけど、ダメだった。クリフォード・ブラウンの偉大さがよく分かった。理屈でアドリブはできない。文章も同じだ。文章読本みたいなものをいくら読んでも…

武田泰淳と古井由吉

武田が古井に「(演歌を)自分で歌いますか」と訊くと、古井が「歌います」と答える。すると、武田が「うん、それは話しやすい」という(『生きることの地獄と極楽――武田泰淳対話集)』(勁草書房、1977、p.96)。ドストエフスキーだって、日本人だったら演…

『男のポケット』

この六編からなる「何を読むか」シリーズで書いた文章を読み返してみて、自分の書いたものでありながら、こんなものを書いていたのか、と、驚いた。とくに、この『男のポケット』を扱った文章はよかった。と、自分で言うのもなんだが、よかった。書評はこう…

『真空地帯』

五年前、フェイスブックに書いた文章を以下に採録する。野間の『真空地帯』は今も良い小説だと思っている。 -------------------- 二年前の昨日、大西巨人が亡くなった。1916年8月生まれで、享年97歳。長生きしたものだ。大西は九州大学中退だが、大…

女の万引き

コロナのために毎年年末に難波でやっていたヘタウマ会が中止になった。ヘタウマ会というのは、関西に住んでいる素人の(プロもまじっているが)ギター好きが集まって、そのヘタな腕前(上手な腕前の者もいるが)を「どうだ、ウマいだろー」と自慢しようとい…

あん

朝日新聞というのは自尊心が人一倍強い人が書いているらしく、読むと心がささくれることが多い。しかし、何年かに一度は、そのささくれを収めてくれるような文章が載る。先日読んだドリアン助川氏のものもそういう文章だった。最近起きたALS患者嘱託殺人事件…

ドストエフスキーとニーチェ

三島由紀夫をはじめ、ニーチェの思想に共感する人は多いけれど、学生だった昔から、私にはそういう人がよく分からなかった。学生の頃は何となくイヤだなあ、と、思っていただけだが、ドストエフスキーが分かるようになってからは、ニーチェの思想は回心前の…

虚栄嫌い

前稿で私は「朝日に戻ったのは、その文章が良かったからだ。読売を講読していたときは、その文章の肩の力が抜けたような平凡な調子に物足りなさを感じ、産経を講読していたときは、その頭の悪い人が書いたような文章(失礼!)に戸惑い、結局、朝日に舞い戻…

私生児

きのうカミさんを病院に送っていった帰り、図書館で借りた高見恭子が朗読する高見順の「私生児」を車の中で聞いた。胸に迫って涙がぼろぼろこぼれてきたので、あわてて車を停めて泣いた。「私生児」というのは高見の私小説である。高見恭子は高見の娘である…

マスタベーション

きのう医者に行って、待合室に置いてあった「婦人公論」をめくっていると――その医院には子供向けの絵本か女性向けの雑誌しか置いてないのである――伊藤比呂美が同年輩の女性たちと、自分は「超高齢者」の夫を亡くしたあと、世話する相手がいないので欲求不満…

早坂暁

早坂暁の追悼番組のひとつである「新・事件 わが歌は花いちもんめ」の録画を、きのう、ようやく見ることができた。今から三十数年前に放送されたものだ。足が動かなくなった七十一歳の老婆(鈴木光枝)――今なら老婆と言わない――が、嫁の手助けで入水自殺する…

魯迅

辺見庸:先ほどの中国の話にしても、戦争になれば負けるから話の糸口を見つけろと言っているわけではないのです。ぼくは徹底的な反戦主義者ですが、その立場から言っているのでもない。人間として根本のところでまず相手に、人間というものに興味を持てない…

アルツハイマー

『作家が過去を失うとき』というのは、アルツハイマーになったアイリス・マードックとの生活を記した夫であるジョン・ベイリーの記録である。読んでいると、なぜか、こころがやすらぐ。泣きそうになるときもある。昔、ジョン・ベイリーの『トルストイと小説…

石原慎太郎

豊洲問題で石原慎太郎に対する怒りがテレビを始めとするメディアで炸裂しているようだが、これは石原が自分でまいた種(タネ)だから、しかたがない。種というのは豊洲問題のことではなく、それ以前の石原の暴言だ。 わたしなどいちばん記憶に残っているのは…

インキジノフとダニレフスキイ

折目博子の短篇小説「ツィゴイネルワイゼン」。娘のゆうこを自殺で亡くした「私」と夫との会話。 「私は生きることが楽しく、あなたと愛し合うことが嬉しく、あなたの赤ちゃんをたくさん生んで、その人たちを上手に育てて、みんなで仲良く暮らそうと思ってい…

手のひらの星

大学に入ったばかりの娘が自殺する。「私」はなぜ娘が死んだのかと考えるうちに、夫との関係に問題があったことに思い当たる。 「一度、君に言っておこうと考えていたんだが、君の、いかにも世界中でいちばん僕を愛してます、という態度は、実に押しつけがま…

折目博子

夫も子供もいる「私」は、妻も子供もある男と、「自分達のあずかり知らない欲望のまま」、知らない街にゆき、そこで住みはじめる。今は亡き折目博子の短篇。折目博子は作田啓一の奥さんだった。小島輝正からそのことを教えてもらった。小島は富士正晴から折…

田宮虎彦

田宮虎彦は父親から虐待を受けて育った。その父親のイメージと当時の軍国主義へと傾斜してゆく世相が重なり、田宮を苦しめる。それを田宮は次のように表現した。 大学を出たところでむなしい人生しか残されていはしないということが、既にのぞき見ていた世の…

吾輩は猫である

本日の「吾輩は猫である」。 「第三にと……迷亭? あれはふざけ廻るのを天職のように心得ている。全く陽性の気狂(きちがい)に相違ない。第四はと……金田の妻君。あの毒悪な根性は全く常識をはずれている。純然たる気じるしに極(きま)ってる。第五は金田君…

顔にはすべてが出る。自分では隠しているつもりでも、他人には全部分かってしまう。だから、自分を飾るのは無意味なのである。 ・・・テレビの画面には、着陸した特別機にタラップが架けられ、坊主頭の小野田寛郎少尉が縦縞の水色の背広を着て、扉口に出てき…

落合恵子

最近、朝日新聞が朝刊・夕刊とも良くなってきた。相変わらず、朝日特有の左翼病な記事も多いが、新聞全体のバランスが良くなり公平になってきた。編集者が変わったのだろうか。金原ひとみの連載小説やこの落合恵子へのインタビューも読ませる。 人生の贈りも…

味覚

人間というものは、自分の生存が脅かされると味覚を失う。吉田健一はそのことについてこう述べた。 その四年前に、アメリカとの戦争が始まった晩に銀座のバアで飲んでいて、先輩の一人が、戦争が起れば味覚は四十八時間のうちに消滅すると言ったのが、その時…

小川国夫

先の記事を書いたあと、どうしてわたしがシュペルヴィエルという詩人などを知っていたのだろう、わたしの趣味ではないはずだ。多田智満子の影響なのか・・・と、不審に思っていたが、あるとき、これは小川国夫の真似だということを思いだした。 心臓の悪かっ…

マンディアルグ

少し前の公開講座のあとの飲み会(高架下の飲み屋)で、なぜか学生時代(いや、違うか)に愛読していたマンディアルグのことを思いだして、しょーもないことをああだこうだと話していたとき、何の拍子でか、なぜかマンディアルグの短篇「満潮」を思いだし、…

松下昇

松下昇氏は神戸大学の教員だったが、神戸外大で自主講座をしていた。神戸外大の教員だった中岡哲郎先生といっしょにやっていたのだったか。神戸外大が全共闘によって封鎖されていたときだ。私は二回行ったけど、面白くないので、行かなくなった。と言うより…

立花隆

「・・・クリスチャンの家庭に育ち、こびることは、生き方として恥だと教え込まれた。母に「肉体を殺すことが出来ても、魂を殺すことが出来ない者を恐れるな」とも教えられた。ローマの権力を恐れる弟子たちにイエスが述べた言葉で、世俗権力を恐れるな、神…