2024-01-01から1年間の記事一覧
昔、北浜の三越劇場でベルイマンの「ファニーとアレクサンデル」を観た。それ以前に、一回、ベルイマンの別の映画をベルイマンのことを何も知らずに観た。ベルイマンの何の映画だったか忘れたが、観たところ、全然理解できなかった。今回もダメだろうと思っ…
法橋和彦が死んだ。この夏、91歳で死んだそうだ。きのう、偶然、そのことを知った。 彼はわたしにひと言も謝罪せず死んでしまった。ひどい話だ。彼はわたしと会うと、おびえた眼をして、震えていた(ように、わたしには見えた)。 わたしに殺されると思っ…
いつものようにテレビをボーと見ていたら、村上春樹の短篇「ドライブ・マイ・カー」が映画化され、米国で何とか賞を取ったとかいうニュースがあり、その映画ではチェーホフの「ワーニャ伯父さん」が扱われていて云々、ということだった。 それで、昔、大阪、…
『続・石原吉郎詩集』(思潮社、2000、初版第二刷)の巻末に鮎川信夫と吉本隆明の対談があり、そこで鮎川が石原の晩年の奇行について述べている。 鮎川信夫:(省略)彼が死ぬ一月ほど前に会った人がいっていたけれども、そのひとは詩壇では誰も知らないひと…
あれはいつのことだったのだろうか。まだ建て替えられる前の神戸の昔の大倉山図書館(正確には中央図書館)に本を読みに行ったとき(早朝だった)、その旧大倉山図書館の入り口の階段のところに、ちょうど戦後すぐの満員列車(写真でしか見たことがないが)…
これまで述べたことを大江や柄谷に対する言われなき誹謗中傷だと思う人がいるかもしれないので、ひとこと。これは、わたしが(命があれば)これから書くドストエフスキー論のテーマでもある。 バフチンがそのドストエフスキー論で述べようとしていることを一…
大江健三郎ついでにひとこと。 以前、『大江健三郎 柄谷行人 全対話 世界と日本と日本人』(講談社、2018)という対談集を読んだ。これはお互いをほめ合いながら、同時に、自分自慢をする駄本だ。しかし、これは二人の人生の軌跡がよく分かる良書でもある(…
前回は大江健三郎に因んで、増補改訂版『ドストエフスキーの詩学』第四章を批判した。また、そこでも述べたが、わたしは若い頃はともかく、現在はその第四章の意義をある程度認めている。なぜ認めるのかといえば、ドストエフスキーのポリフォニー小説の出現…
前回、作田啓一氏と大江健三郎の悪口を言い合った、ということを書いたが、そんな風になった理由がわたしにはある。わたしが大江のバフチン論を批判したのは、若い頃、ドストエフスキーが分からず、たまりかねて大阪外大(当時)の武藤洋二先生に教えを乞う…
前回、作田啓一のことを書いてぼんやり思い出したのだが、ある集まりで大江健三郎が作田氏に近寄ってきて「作田先生」と声をかけた。それが自分には不愉快で、「ぼくはきみの先生ではない」と言おうと思った、という話をわたしに作田氏はした。 当時、作田氏…
いつだったか、作田啓一氏がわたしに「ぼくは太鼓の音が嫌いでね」と言った。わたしは好きでも嫌いでもないので、「はあ、そうですか」と返答した。変な人だな、と思うと同時に、わたしの娘が赤児の頃、村祭りの太鼓の音が聞こえ始めると、火がついたように…
石原吉郎は1977年11月15日、埼玉県上福岡市の公団住宅の自宅の浴槽で亡くなった。酒を飲んで風呂に入ったため、急性心不全を起こしての突然の死だった。その同じ年の6月に印刷された「短詩形文学と私」というエッセイに二度掲げられたのが草田男の …
高校で同窓だった広瀬君を発見。 生きているらしく、うれしかった。 土井先生に会いたかったが、朝鮮半島に帰ったということだった。 舛田さんは亡くなっていた。 玉岡さんはたぶん元気だろう。 以上、きわめて私的な話。
いつだったか、正確なことは忘れたが、わたしがまだ若い頃のことだ。 あるドストエフスキー研究者が「自分は『罪と罰』は好きだが、ソーニャなどはインチキだと思っている」と述べている文章に出会った。 ずいぶん率直なことを言う人だと思い、ドキッとした…
最近、石原吉郎の本を再読していたら、赤線を引いている次のような文章に出会った。 詩人である小林富子さんの茶席に招かれ、石原は小林さんからお茶は「人に出会うため」に立てると言われ、重ねて、誰に出会わない時も、「それはそれでよろしいのです」と言…
テレビをボーと見ていたら(最近はこういうことが多い)、クミコという歌手が中島みゆきの「世情」を歌っていた。 聞き終わると涙があふれた。 自分が小林秀雄と同じことを考えているのに気付いた。 高校生の頃、教科書に載っていた小林の文章を読んで以来、…
7月13日(土)の大阪の講座「ドストエフスキーを読む」を休講にします。 さきほど家族がコロナにかかっていることが分かったからです。 補講については追ってお知らせいたします。 伝達に完全を期するため、失礼ながら、受講生には明日、電話でお知らせし…
子供の頃から読んでいた朝日新聞を完全に読まなくなった。 電子版の朝日新聞をしばらく前から読んでいたのだが、それも講読しなくなった。 こんなことになったのは、小池百合子の経歴詐称を報じない朝日に愛想が尽きたからだ。以前、ジャニー喜多川の世界史…
7月6日(土)の奈良講座は諸般の事情により、休講にさせて頂きます。補講については別途お知らせします。 なお、今回の奈良講座では、『カラマーゾフの兄弟』を大阪講座と併行して読みながら、バフチンの『ドストエフスキーの詩学』の第四章以降について述…
学生時代親しく付き合っていた友人に、四十年後、再会したら、サイコパスになっていた。彼に何があったのだろう。艱難汝を玉にすという言葉は間違っているのか。苦労すると、腐ったやつはますます腐るのか。
わたしには二十代のときに一人、三十代のときに一人、と、いう具合に、会ったら殺してやろうと思っている人間が二人いた。彼らはそれほどわたしにひどいことをした。彼らは二人とも、わたしを見ると、顔色を変えて、逃げて行った。不愉快なので、わたしは彼…
いつからかは忘れたが、あるときから、作家とか思想家というのは、間抜けなことばかり言い散らかして死んでゆく人のことだと思うようになった。そうでない人も少しは間抜けなことを言って死んでゆくのだが、作家や思想家のように活字にして、人にその間抜け…
ときどき立ち寄っていた近鉄奈良駅前の書店に、あるとき古井由吉の単行本が並んでいた。不思議なことをするものだと思って、それでも、何冊か、買った。持ち合わせのお金がなかったので、残りはあとで買おうと思って、次に行くと、古井の棚そのものがなくな…
少し前、NHKテレビで「映像の世紀バタフライエフェクト 安保闘争 燃え盛った政治の季節」という番組を見てから、なぜか食欲不振に陥り、体重が7キロ減った。これは一ヶ月前、心臓手術をしたあとも酒をいつものように飲み続けためかと反省し、酒量を減らした…
【奈良講座】 「ドストエフスキーとバフチン」 東大寺そばの日本庭園が美しいカフェでお茶菓子をいただきながら、ドストエフスキー作品を読み深めていく講座です。ロシアの思想家バフチンの「ポリフォニー論」による解説とドストエフスキーの思想的・政治的…
【大阪講座】 「ドストエフスキーを読む」 ドストエフスキーの小説はなぜこんなに面白いのか。 思想的・政治的・文学的観点による説明も入れながら、ドストエフスキー読書体験が持つ唯一無二の魅力を味わい、生きることの意味を問うていきます 講師 萩原俊治…
松本人志氏がスキャンダルを起こして週刊誌で叩かれている。わたしはそのこと自体にはあまり興味を覚えない。漫才師にモラルを求めるのは、魚屋に肉を売れと言うようなものだ。しかし、あることについて不愉快になった。 それは、youtubeである人が松本人志…