好きな作家

芸術の力

このたび来日した、ビーチ・ボーイズのメンバーだったブライアン・ウィルソンの言葉(『朝日新聞』、2016年3月23日夕刊より)。 「音楽を作るのは時に、とても孤独な作業。その孤独から僕自身を救い出してくれるのは、メロディーなのです、おそらく」 たしか…

無神論者、それも徹底的な

アナーキストの椎名其二については「ドストエフスキー研究者 松尾隆の評伝」でも少し触れたが、椎名は日本が先の戦争中、妻の母国であるフランスにいた。 椎名は石川三四郎や大杉栄の友人だった。椎名はフランスにとって敵国の外国人であったので、収容所に…

沢木耕太郎

朝日新聞に掲載されている沢木耕太郎の連載小説「春に散る」。ボクシングの好きな私は切り抜いて愛読している。その330回目。 翔吾という若者が主人公の広岡に、中国から帰化した両親の息子と対戦したときのことを話す。汚いボクシングだった。相手は人生…

グルジェフ

ヘンリー・ミラーの『わが読書』は、二十歳前後の私にとって聖書のような本だった。とくに、ドストエフスキーやD・H・ロレンスについてミラーから教わったことは多い。多すぎる。「ピエール・レダンへの手紙」など、今読み返しても、ほんとうに素晴らしいと…

雪明かり

今も腹とその裏の背中にやいとの跡がある。やいととは私の地方の言葉でお灸のことだ。小さいころ、身体が弱くて、親戚の家に行くと、その家の主である伯父に「どうしてそんなに痩せているのだ」と叱られたことがある。私が非難されたのではなく、私をそこに…

吉行淳之介

先日、録画していた「宮城まり子と「ねむの木学園」、密着!15年の記録」(BS朝日、12月6日放送)というテレビ番組を見た。見たのは、わたしに吉行淳之介を愛読していた時期があったからだ。 若い頃から吉行淳之介の作品が好きで、だいたい『暗室』頃まで…

多田智満子

ようやく心の整理がついて、というか、読む気になって、葬式のときに配布された多田さんの遺句集『風のかたみ』を読むことができた。『風のかたみ』は死に至る病床で多田さんが口にした句を高橋睦郎氏がメモしたものだ。その中の私の好きな句だけを選んで書…

松本隆

何年か前、木造の家から鉄筋のアパートに引っ越して、ラジオが聴けなくなった。鉄筋がラジオの電波を妨げるためらしい。木造の家に住んでいたときは、寝床の中で朝の4時すぎからやっている「ラジオ深夜便」を聴いていた。というか、そのまま再び寝床でうと…

東京裁判

ベルジャーエフの西洋観 今もときどき読み返す文庫本のひとつに、学生のころ買った『現代世界における人間の運命』(ベルジャーエフ、野口啓祐訳、社会思想社、1957)というのがある。ヨーロッパに亡命していたロシア人のベルジャーエフが1934年に書いた…

井伏鱒二

私は高校の頃、井伏鱒二が好きで、その作品はだいたい読んだ。愛読するようになったのは、高校の図書館で偶然、井伏の「鯉」という短篇を読んだからだ。「鯉」というのは、青木南八という友人の死を悼んだ私小説だ。 「鯉」にとても感心したため、「鯉」のよ…

安保法制

マルクスやフロイトを批判しながら『世界の多様性』という瞑目すべき論文を書いた歴史人口学者、エマニュエル・トッドが、『文藝春秋』(2015年10月号)に、「幻想の大国を恐れるな」という中国論を寄稿しています。 その結論だけを言いますと、いまの中国は…

引き裂かれたもの

引き裂かれたもの(黒田三郎) その書きかけの手紙のひとことが 僕のこころを無残に引き裂く 一週間たったら誕生日を迎える たったひとりの幼いむすめに 胸を病む母の書いたひとことが 「ほしいものはきまりましたか なんでもいってくるといいのよ」と ひと…

どしゃ降りの一車線の人生

森有正はそのドストエフスキー論で、人生は邂逅(かいこう)、つまり、出会いだという。私もそう思う。邂逅によって、人生が決まる。とくに学校の先生との出会いは大事だと思う。私ひとりの狭い経験にすぎないが、これまで不登校や引きこもりになった子供や…

武田泰淳

武田泰淳は好きな作家で、若い頃は雑誌にその文章が掲載されると、それが短文であっても、わざわざその雑誌を買って読んでいた。こんなことをしていた作家は島尾敏雄や小川国夫など、数人しかいない。しかし、武田泰淳のどういうところが面白いのか、私には…

ラニョー

「優等生の愚かさ」で述べたように、優等生というものは自分の頭で考えようとはしない。それは、自分の頭で考えていると効率が悪いからだ。効率が悪いとはどういうことか。 それは、正しいかどうか分からないが、ともかく、先生が正しいと言っているのだから…

『硝子障子のシルエット』

島尾敏雄の作品はすべて好きだが、若い頃、人に「読め読め」としつこくすすめていたのが、掌編小説集 『硝子障子のシルエット』である。これは庄野潤三がラジオ局に勤めていたとき、島尾に依頼して書かせた朗読用の作品だ。 この作品を私は文学の授業でしば…

何を読むか(6)

『ヴェネツィア――水の迷宮の夢』(ヨシフ・ブロツキー) 小説家や詩人とかぎらないが、人と人との付き合いと同様、書き手と読み手のあいだにも相性というものがある。文章の息づかいなのか、間の取り方なのか、それとも血液型なのか(冗談)、ともかく、何だ…

何を読むか(5)

「七万人のアッシリア人」(ウィリアム・サローヤン) 年を取ってくると、同じ本をとっかえひっかえ読むようになる、と、昔、年寄りの吉田健一と石川淳が対談で喋っていた。吉田健一はそのあとすぐに、石川淳はそれからかなりたって亡くなった。石川はしぶと…

何を読むか(4)

『人生、しょせん運不運』(古山高麗雄) このシリーズの初回で、「私は古山高麗雄の脱力した文章が好きだ」と述べたが、古山はいつもいつも脱力していたわけではない。やはり人間なので、腹の立つこともある。そういうときは、全身に力が入ったようだ。とく…

何を読むか(3)

『孤島』(J・グルニエ) 私には若い頃、よく理解できないのに、この本は自分にとって決定的な意味をもつと思うことがあった。なぜそんな風に思ったのか。私に未来を見通す超能力があったからか。ばかな。そう思った理由ははっきりしている。私は狂っていたの…

何を読むか(2)

『男のポケット』(丸谷才一) 私は50歳近くになってある大学に拾われた。それまで、関西のさまざまな大学で非常勤講師をしながら、家族と自分の命をほそぼそとつないでいた。別の所にも書いたように、40歳をすぎた頃から週に25コマ教えなければ生活し…

何を読むか(1)

「蟻の自由」(古山高麗雄) 「どうせ死ぬなら、女を知ったって知らなくたって、すぐなにもかもなくなっちゃうじゃないか」 と僕が言うと、 「きみは、散々遊んできたから、そんなことが言えるんだ。俺はそうはいかん」 と小峯は言いました。 「そうか、じゃ…

何を書くか

わたしが下らないと思う作家は、前に述べたように、間違ったことを書き、その間違いを他人から指摘されても訂正も謝罪もしない、厚顔無恥そのものの作家だ。それは誰かと問われれば、わたしは即座に十人以上の作家や学者を挙げることができる。そのような作…

最後の忠臣蔵

インフルエンザに罹ってしまった。身体中が痛くて何をする気にもならないので、BSから録画しておいた映画を見ながら病が過ぎるのを待っている。私はあまりアメリカ映画が好きではなく、好んでみるのは英国、イタリア、フランスのものが多い。日本映画もいい…

リルケ

(略)ある農婦の夫は大酒のみで、彼女を虐待し、息子のほうはろくでなしだった。この農婦が自分の運命を語ったときは感動したよ、とリルケは思い返すように言った。こうした苦しみを背負いながらも、彼女は愛情に満ちて、悲しみにやつれてはいなかった。彼…

白蓮

人間は自分のエゴイズム(私利私欲)を超えてふるまうことはできない。できる人は、人から阿呆あるいは聖人と呼ばれる。この意味で、白蓮は阿呆でも聖女でもなかった。彼女は徹底的にエゴイズムを貫いた、普通の、あまりにも普通すぎる人間である。この普通…

もはやそれ以上

もはやそれ以上(黒田三郎) もはやそれ以上何を失おうと 僕には失うものとてはなかったのだ 河に舞いおちた一枚の木の葉のように 流れてゆくばかりであった かつて僕は死の海をゆく船上で ぼんやり空を眺めていたことがある 熱帯の島で狂死した友人の枕辺に…

佐藤泰志

「書くことの重さ」という映画を見た(大阪、十三の第七芸術劇場:午前10時〜12時、稲塚秀孝監督の挨拶あり)。 佐藤泰志は私より二歳下だが、私とほぼ同時代を生きた。佐藤より一歳下で同じ北海道出身の稲塚秀孝監督がこの映画を撮った。このドキュメン…

「藤枝静男訪問記」他

高山学氏から氏の書かれた「藤枝静男訪問記」(『MILKY WAY』No.2、みろくさんぷ、2013/5/15、p.1)と「藤枝静男訪問記・アンコール.pdf 」(『MILKY WAY』No.3、みろくさんぷ、2013/9/30、p.3)を頂いた。これは高山氏が静岡のフリーペーパーに藤枝静男訪問…

歴史について 

次の文章は、パリに亡命していたロシアの哲学者ニコライ・アレクサンドロヴィッチ・ベルジャーエフが1934年に書いた、『現代世界における人間の運命』(野口啓祐訳、社会思想社、1957)です。ここでベルジャーエフは、ヨーロッパ流の民族主義、とくにナ…