女の万引き

 コロナのために毎年年末に難波でやっていたヘタウマ会が中止になった。ヘタウマ会というのは、関西に住んでいる素人の(プロもまじっているが)ギター好きが集まって、そのヘタな腕前(上手な腕前の者もいるが)を「どうだ、ウマいだろー」と自慢しようという集まりである。もう十年以上やっているのだったか、そのあとの懇親会が楽しみで、わたしは最初から参加している。昨年は、舞台でバリオスを引いていたら心臓の調子が悪くなったので、早々に帰った。一昨年はカミさんが危篤だったので参加できなかった。それで、今年こそ、ヘタなギターを弾いて「どうだ、ウマいだろー」と自慢しようと思っていたのに中止である。残念。
 それで、がっかりしながら、山口瞳が亡くなる直前に病院で書いたエッセイを読んでいたら、その頃、吉行淳之介が亡くなったらしく、吉行のことをかなり書いていて、つい真剣に読んでしまった。わたしは学生の頃から吉行が好きで、愛読してきた。そのエッセイで、山口は記憶に残った吉行の言葉というのを並べて書いていて、そのひとつに「女の万引きは許してあげなくちゃね」というのがあった。これを読んで、わたしはますます吉行が好きになった。
 話は変わるが、わたしがやっている月に二回の公開講座に行くため、わたしは地下鉄の大国町の駅で降りる。そこから歩いて講座のあるビルまでゆくのだが、時間を調節するため、近くのコーヒー屋で時間を少しつぶす。そしてそのビルまで歩くのだが、途中に、荷物の集積場みたいなのがあって、そこを通るのがイヤなのである。なぜなら、その柱に「ババア・・・」と書いた紙が貼ってあるからだ。その集積場の荷物を盗むババアに対する罵倒が綴られている。書いた人の気持は分かるが、わたしはその口汚い言葉を見るのがイヤなのである。イヤなのでつい見てしまう自分がイヤなのである。いつも髪を振り乱してチキンラーメンのつまった箱を盗む婆さんの姿を想像してしまう(チキンラーメンではないかもしれないが、チキンラーメンのような気がするのである)。それぐらい許してやれよ、という気持になる。吉行みたいに、女の万引きは許してあげなくちゃね、と思う。