ようやく心の整理がついて、というか、読む気になって、葬式のときに配布された多田さんの遺句集『風のかたみ』を読むことができた。『風のかたみ』は死に至る病床で多田さんが口にした句を高橋睦郎氏がメモしたものだ。その中の私の好きな句だけを選んで書き写すことにする。
戀猫の通ればともる防犯燈
つわぶきの陰や子猫のされかうべ
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媼泳げよ花屑浮かぶ天の川
口中に海蘊(もずく)満ち潮満つるなり
昨日今日明日(あした)も白き夏野かな
生き継ぐやいのちを殺し煮炊きして
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(矢川澄子を悼む)
緑陰の宙を漂う夏帽子
水すまし水を踏む水へこませて
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(高橋睦郎に)
むかし母すだれ巻き上ぐる腕白し
母失せぬ百合根ほろほろ笑み割れて
喪服脱ぐ空蝉が空蝉脱ぐごとく
張りつめて海は眞青の球となる
流れ星我より我の脱け落つる
越境す黄泉やこの世や肘枕
秋深き隣りにたれか爪を切る
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靴下の穴小春日の秘密とす
青葱の青き虚空を刻みゐる
皺の手が皺のシーツをのばす冬
冬没日(いりひ)迫る巨大な罰のごとく
草の背を乗り継ぐ風の行方かな
(注:(矢川澄子を悼む)、(高橋睦郎に)という丸括弧以下の一群の句は、『風のかたみ』を読むかぎりでは、その句が彼らに向けて書かれたものかどうか確信をもつことができない。しかし、(矢川澄子を悼む)、(高橋睦郎に)と添え書きされた句のあとに、私が書き写した句が並べられているので、私はそれを彼らに向けて書かれた句として読んだ。だから、これは私の解釈だと思っていただきたい。)