物語の暴力

文脈が読めない人

「匿名について」で述べたように、私は亀山郁夫のドストエフスキー論を知るまで、インターネット上の掲示板には関心がなかった。インターネットというのは外国の新聞や雑誌を読むための道具だと思っていた。しかし、亀山のドストエフスキー論を賞賛している…

暴論あるいは正論?

前回、年を取ってくると、抽象的な理屈が空しくなると述べた。しかし、それは若いころから分かっていたはずのことで、それはどういうことなのか、じっくり考えるべき事柄のひとつであったはずだ。 でも、若いころは知識が不足しているので、知識を増やすため…

なぜ書くのか

わたしはなぜものを書くのか。これはものを書きはじめた頃からいつも自分に向けてきた疑問だった。それが何であれ、小説であれ論文であれ、ものを書くときにはいつも自分に「自分はなぜこれを書いているのか」と問いかけてきた。わたしにとって書くとは、な…

ドストエフスキーと似非科学(2)

人間の生は一回性しかもたない。従って、フロイトのように、人間の生、とくに心をあたかも機械のようにあつかうのが間違いであることは明らかだ。それはそうなのだが、フロイト理論がすべて間違いかと言えば、そうとも言えないところがある。たとえば、私た…

ドストエフスキーと似非科学(1)

すでに述べたことだが、いまだに似非科学を用いてドストエフスキーの作品を論じる人があとをたたないので、今一度述べておこう。 科学と似非(えせ)科学は、再現性があるかないかで区別がつく。たとえば、最近話題になっているSTAP現象やSTAP現象で生成され…

『沖縄ノート』3

小説などのフィクションを除いて、私がある文章の価値を判断する基準は、それがどれほど私のいう「物語の暴力」を含むか否かということだ。たとえば、このブログの「続・自尊心の病」で述べたように、自らの自尊心の病に気づいていない者は、自分がさまざま…

新聞

私が新聞に載ったのは後にも先にも一回きりだ。 それは中学生の頃、たしか当時の郵政省のきもいりで「郵便友の会」というのが出来、なぜか私がその会の会長になったときのことだ。 会長といっても、会員はたしか四人だけだ。いや、もっといたかもしれないが…

『沖縄ノート』2

次に引用するのは、左翼のあいだで悪名の高い藤岡信勝氏の発言だが、私はほとんど違和感を覚えなかった。ここから浮かび上がってくるのは大江健三郎氏の小説家としての想像力がその『沖縄ノート』を書かせたという事実だけだ。大江氏は一種の小説として『沖…

『沖縄ノート』1

私が学生の頃読んだ大江健三郎の『沖縄ノート』(岩波新書)。当時は大江の記述をそのまま信じ、軍部というのはひどいことをするものだと思っていた。 ところが、後年、当時の座間味島での日本軍指揮官梅澤裕氏と渡嘉敷島での指揮官赤松嘉次の弟である赤松秀…

佐藤泰志

「書くことの重さ」という映画を見た(大阪、十三の第七芸術劇場:午前10時〜12時、稲塚秀孝監督の挨拶あり)。 佐藤泰志は私より二歳下だが、私とほぼ同時代を生きた。佐藤より一歳下で同じ北海道出身の稲塚秀孝監督がこの映画を撮った。このドキュメン…

続・自尊心の病

昨日(5月3日)のブログ「自尊心の病」で、私は次のように書いた。 『ステパンチコヴォ村とその住人』を書いていた頃、ドストエフスキーは自尊心の病というものに強い関心をもっていた。しかし、自分がその病に憑かれていることに気づいていたか、というこ…