人間ポンプ

 今から四十年近く前のことだ。
 たしかわたしの一人娘が小学校に入って二年目ぐらいに、父兄参観日に行った。教室に入ったとたん、出たくなった。
 じつにイヤーな息が詰まるような空気だった。
 どういう風に息が詰まるような空気だったかというと、これが説明できない。
 昔、わたしの母の甥で腕の良い大工だった男が、そういう空気のことを「屁もこけませんわ」と言ったが、まさにそういう空気で、わたしはすぐ教室から退散した。
 話は変わるが、わたしが小学生の頃、朝礼のとき、校長先生が突然、
「これから人間ポンプのおじさんが来られます。みんなに言うが、けっして真似をしないように」

 と言ったとたん、オートバイに乗った月光仮面のような(古いか)おじさんがどこかからやってきて、校長の降りた壇上に上り、ばりばりとガラス瓶とかカミソリを食べ、ガソリンを飲んで火を点け、炎を吐き出した。

 わたしたちが呆然としていると、おじさんはまたマントをひるがえしてオートバイに乗って帰って行ったのであった。
 ということで、何が言いたいのかというと、わたしが子供の頃の学校はそんな風におおらかだったというか無茶苦茶だったということで、そういうおおらかな空気が今は失われ、わたしの従兄弟が言うような「屁もこけん」状況になってしまった、ということが言いたいのである。

【注】「屁をこく」というのは「屁をひる」という意味。