暴力の起源

思考において、文脈というのはもっとも重要なものだ。文脈を無視した思考は暴力にすぎない。国会中継やテレビ・新聞などを見ていると、マスコミ(左右を問わず)や国会議員(与野党を問わず)には、文脈を無視して自分に都合のよい方向に話をねじまげてゆく者が多いように感じる。わたしがやっている公開授業での質問でも、話の文脈を無視して質問をする受講生がいる。こちらを困らせようと、わざと無視しているのか、それとも本当に文脈が分からないのか。彼らは知能が低いのではない。むしろその理路整然とした話し方から、あるいはわたし以上に高い知能の持主であるかもしれないことが分かる。しかし、いずれにせよ、彼らが自分のことばかり考えているエゴイストであり、そのため、他人の話に耳を傾けることができない人間であることだけは分かる。このようなエゴイズムから暴力が生まれる。ドストエフスキーはそのことを『罪と罰』のエピローグ――ラスコーリニコフの見る「旋毛虫の夢」――で描いた。