倍賞千恵子

 なぜか私は倍賞千恵子という存在が好きで、若い頃から、彼女の出る映画はできるだけ見るようにしてきた。
 きょう、テレビをつけると、偶然、すでにしわくちゃになった倍賞氏が岩崎宏美と並んで森繁久弥の「オホーツクの舟歌」を歌っていた。その姿を見て、思わず落涙した。そばでかみさんが不思議そうな顔をして私を観察しているのが分かった。分かったが、どうしようもない。かみさんだけではなく、私にもそれは不思議なのである。どうして倍賞氏の歌を聴くと涙が流れるのか。馬鹿じゃなかろうか。これは若い頃からで、その最初が「下町の太陽」という歌だった。彼女の歌う歌を聴くと身につまされるからか。たぶんそうだろう。
 ところで、最近も、BS-TBSの「みんな子どもだった」に出て来た倍賞氏の身の上話を聞いて深く感動した。そのさい、進行役であった倉本聰が、ある映画の、スーパーのレジ係をしている賠償氏の演技を褒めた。
 これは私も同じで、私も倍賞氏の日常の、そういう何でもない演技というか、所作に感動してきたのである。感動というと大げさすぎて困るが、しかし、感動と言うしかない心の動きだ。これは、日常の中で、ほんのちょっとした親切や気づかいを受けたときの深い感動に似ている。こういう親切は貧しさの中で育ってきた者にしかできない。
 たとえば、その番組で初めて知ったのだが、倍賞氏の家は貧しくて狭く、しかも兄弟が多かったので、寝るとき、鰯の缶詰みたいに横になって寝たそうだ。また、お父上は寝る場所がないので、押し入れの中で寝たそうだ。また、都電の運転手をしていたお父上が給料日になると、その給料を全部飲んでしまうので、そうさせないよう、給料日には兄弟そろって彼を迎えに行ったそうだ。そういうとき、彼は子供たちを食堂に連れて行き、私はそれが何であったか忘れたが、何か子供の好きなものをふるまったそうだ。その思い出を語る倍賞氏の笑顔に私は感動したのである。