勝ちたい心

 以前、レヴィナス研究者の内田樹氏に、私も参加しているある研究会で話して頂いた。でも、その話の内容は全部忘れた。ただ、今も記憶しているのは、話がおわったあとの雑談で氏が言った、
「私は知り合いになるとまずいことになる人が分かる。だから、そういう人には近づかない。」
という言葉だった。氏が正確にそう言ったかどうかは忘れたが、だいたいそういう内容だったと思う。
 なぜこれを覚えているかというと、私には、知り合いになるとまずいことになる人が分からないからだ。だから、若い頃は、いつもそういう人と知り合いになって、ひどいことになっていた。今もそれは変わらない。ただ、今は若い頃とちがって、これは私の運命だと思ってあきらめている。
 しかし、最近は、その知り合いになるとまずいことになる人というのがどういう人であるのかがだいたい分かってきた。
 それは、負けん気の強い人だ。そういう人は世間話をしていても、私に勝とうとする。じつにめんどくさい。人生勝ち負けではないだろ、そうその人に言ってもいいが、そういうことを言うと、火に油をそそぐ風になるので言えない。
 もっとも、こういう負けん気がぎらぎらと表面に出る人はまだいい。困るのは、おっとり、にこにこしながら、その負けん気を胸の奥に秘めている人だ。こういう人は突然不機嫌になったりする。いろいろ聞いてみると、こちらの態度が傲慢だという。そんなつもりで言ったのではない、と言っても了解してもらえない。というようなことが、時々ある。
 しかし、いちばん困るのは、ライバルなしには一日も過ごせない、病的と言ってもいいほど負けん気の強い人だ。こういう人は自分を元気づけるために、いつもライバルを探す。そして、そのライバルと競い合いながら元気になろうとする。まるで隣人を精力剤みたいに思っている。こういう人はライバルがいないと、塩をあびたナメクジみたいになるのだろう。こういう人につかまると逃げ出せなくなる。
 私はこういう人たちを避けながら生きたいのだが、人生はそんなに甘くないみたいだ。