○○を売るのが商売

 インターネット上(http://hon.bunshun.jp/articles/-/2488)に「公開対談 綿矢りさ×道尾秀介 小説家は幸福な職業か?」(第150回記念芥川賞直木賞FESTIVAL:別册文藝春秋 2014年5月号より)という対談が掲載されていた。二人とも読んだことのない若い小説家だが、話の内容はそれなりに面白かった。たとえば、

                      • -

道尾 次、行きましょう。僕はNHKの「小さな旅」という番組が大好きなんですが、あるときその番組で、田舎の総菜屋のおばちゃんが忙しく立ち働きながら、「○○を売るのが商売だよ」と言ってたんですね。それを聞いて、僕は小説も同じだなと思ったんですが……さて、問題。おばちゃんはなんて言ったでしょう?
綿矢 ええっ??いい話系ですかね。
道尾 ノーヒント(笑)。
綿矢 ノーヒント!?うーん、NHKですよね??(おばちゃんぽい声色で)「真心を売るのが商売です」。
道尾 あー、そんな答えなら、僕、ぐっとはこなかったな。
綿矢 えーっ!(引用中断)

                      • -

 で、○○には何が入るか。私はしばらく考えた。
 心。ちがう。これは「真心」と同じで、これだと、あまりにもストレートで、話が宗教くさくなる。しかし、答がこの線上にあることは確かだろう・・・汗。ちがう。どこかの政治家なら言いそうなことだが、総菜屋と汗は取り合わせが良くない。幸福。まさか。笑うのみ。降参。で、答は、

                      • -

道尾 時間がないから答えを言っちゃうと、おばちゃんはね、こう言ったの。「手間を売るのが商売だよ」って。小説も手間をかければかけるほどよくなるでしょ。
綿矢 そうですね。
道尾 これで終わるとただのクイズなんだけど、僕は、書き手だけじゃなくて読む人も、手間をかければかけるほど小説から得られるものは大きいと思うんですよ。書くときには何回も何回も推敲するわけじゃないですか。同様に、読みにも推敲というものがあると思うんです。
綿矢 うん、ありますね。
道尾 手間をかけるだけ、同じ値段で、いいもの、大きなものが手に入る。
綿矢 いい小説ほど1行に含まれているものが多かったりもするし、そのときは気づかずに読み飛ばしていても、重厚感っていうのは必ず本から伝わってくると思う。

                      • -

 ということで引用は終わりたいが、「手間を売るのが商売だよ」というのは、おばちゃんが照れ隠しに言っている言葉だろうと思う。余計なお世話になるが、おばちゃんは、本当は、「心をこめるのが商売だよ」と言いたいのだろうと推測する。というのも、いくら自分の思いだけで総菜に手間をかけても自己満足で終わるのはダメなので、そこに総菜を食べる人の気持を思いやる心がなければいけないからだ。料理というのは作る人と食べる人の対話だ。その対話関係を無視して、料理人が自分の思いだけで突っ走るとすれば、食べる方はうんざりするだけだ。そういう小説は多い。