誰が菅総理の声を消したのか

 私が怪我をし手術を受け入院しているあいだに、「国会事故調」(「国会東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」)の二回目の聞き取り調査も一巡し、委員会の委員によって第二回目の論点整理が行われた。しかし、それは論点整理とも言えない杜撰なものになった。こんな論点整理なら、しない方がましだ。こんな論点整理では、朝日新聞が昨日(6月12日)の社説で批判していたように、そもそも調査委員会が何を解明しようとして委員会を開いたのかが分からなくなる。
 ところで、私にとってその国会事故調の振る舞いの中でもっとも理解できないもののひとつは、東電本部に乗り込んだ菅元総理の声を東電が消してしまった理由を追求しなかったことだ。
 もう少し詳しく説明しよう。昨年の三月十五日の朝、菅元総理は海江田大臣などから、東電上層部が事故を起こした福島原発から社員を全員撤退させるそうだという話を聞いて、福島第一原発の吉田所長に真偽を確かめるために自ら電話をする。そして吉田所長から、そんなことはない、自分たちが撤退することはない、という話を聞いた菅は、現場がそう思ってはいても、上層部が人命尊重という大義名分のもと、強制的に全員撤退させるかもしれないと危惧し、念を押しに東電本部に行く。そのとき同行した海江田大臣や東電関係者の話では、このとき菅直人が東電の社員たちをいたずらに激しく叱責したということだ。要するに、菅は人の上に立つ資格をもたない、じつに傲慢でわがままな小人にすぎない、というのが、彼らの言いたいことなのだろう。一方、菅によれば、叱責などしていない、念を押しただけだ、もしお疑いなら、記録映像が残っているから、それを見て確認して頂きたい、ということだった。
 そこで、事故調の委員たちがその映像を見ると、驚いたことに、菅が叱責した(ということになっている)場面の音声だけが消されていた。事故調で黒川委員長は菅に対して次のようにいう。

・・・一つはTEPCO(東京電力)に行ったときの、あの十五日の朝の話ですが、今、菅総理は、あれはもし聞けるもんだったら聞いて構いませんよとおっしゃいましたが、不思議なことに、東電はあそこのところだけが音が出なくなっているんですね。極めて不思議だと私どもも思っていますので、これを何とかしたいと。言わば、そのときに恐らく菅総理の気持ちも伝わると思います。是非それにも御協力いただければと思いますが、そういうことは極めて不可解だなと思っております。

 黒川委員長のこの発言は国会事故調の記録(http://www.ustream.tv/recorded/22911577)の2時間41分4分[02:41:04]あたりで聞くことができる。
 いずれにせよ、ここに東京電力という会社の体質、というより、ここにも、山本七平が日本帝国の軍隊などを例に挙げて批判してきた、日本的集団の特徴が鮮やかに顕れていると見るべきだろう。従って、事故調が今後、そのような東電の体質を批判しないとすれば事故調にも同じ日本的集団の特徴が鮮やかに顕れていると言えるだろう。もしそう思われたくないのなら、事故調は、このような日本人集団の殻を破るため、菅の音声を誰が何のために消したのか、徹底的に追求しなければならない。この問題について、東電はプライバシーの問題があるので菅の発言を消したのだと弁明しているらしいが、東電上層部にとって不都合な発言なので消したのだろうと思われても仕方がない。
 また、私の知るかぎり、大手メディアも今後この問題を追求しそうにない。追求すれば、大手メディアにとって何か不都合なことでもあるのか。理由を聞きたい。