オブリビオン

 外大のロシア語学科の学生で私と同じような経験をしている人は多いだろうが、学生の頃、私はソ連から出版された本(思想、経済、小説、詩のテキストや解説など)を読むのが苦痛だった。少し読むと、必ず、「マルクス曰く・・・」、「レーニン曰く・・・」というような言葉とともに資本主義を攻撃する言葉が出てきて、鼻白んだ。これは当時ほとんど発禁本扱いされていたドストエフスキーの作品の解説でも、というか、そうだから筆者の自己防衛のために余計に念入りに、そのような紋切り型が挿入されていた。私はこの類の紋切り型を読むと、もうそれ以上読む気力を失い、本をぽんと放り投げた。
 それまでソ連マルクス主義に対して何の感情も持たず、ただドストエフスキーが好きなために外大に入っただけなのに、こういうことが重なり、私はソ連マルクス主義に嫌悪を覚えるようになった。いま60歳過ぎの外大などで私のようにロシア語をやった人の中に社会主義とか共産主義が好きな人はいるのだろうか。いるとすれば、それは相当変わり者だろう。ふつうの神経をしているのなら、反ソとか反共になるに違いない。それほど「マルクス曰く・・・」、「レーニン曰く・・・」、あるいは「ゴーリーキー曰く・・・」というような紋切り型は、私にとって、拷問に近かった。ロシア語を見るたび、「ああ、また、あの「マルクス曰く・・・」に出会わなければならない。」と思い、暗い気持ちになっていたのだ。
 私にとっては遅すぎたけれど、ソ連が崩壊していちばん嬉しかったのは、このような駄本を読まなくてもいいようになったことだ。もっと早く、私が老眼になる前にソ連が崩壊してくれていたら、もう少しロシア語ができるようになっていただろう。
 ソ連が崩壊して、もうそんなロシア語を読まないでも済むようになった。ところが、ソ連は崩壊したが、亀山郁夫ドストエフスキー論と翻訳が現れた。ドストエフスキーを読むために私はロシア語を始めたのだから、いくら駄本であってもドストエフスキー論となれば、読まざるを得ない。しかし、それは苦痛そのものだ。この苦痛からどうすれば逃れることができるのか。
 シモーヌ・ヴェイユによれば、苦痛から逃げてはいけない。立ち向かうことだ(笑)。苦痛を慰めようと、酒をあびるように飲んだり、木下豊房にぐちったりしてはいけない(笑)。しかし、先日も、『現代思想』4月号増刊号(総特集ドストエフスキー亀山郁夫+望月哲男責任編集)を読み、しばらく体調を崩した。頭の中に、じんましんが出来た。比喩ではなく、髪の中に出来たのだ。散髪屋の親父が教えてくれた。「お客さん、珍しいところにじんましんが出来てますな。何か変なもん、食べましたか?」
 というようなことを予防するため、私は最近、亀山のドストエフスキー論を読むと、必ず、次のヴェイユの言葉を思い出すことにしている。

 まったく執着から離れきるためには、単なる不幸だけでは十分ではない。慰めのない不幸が必要である。慰めがあってはならない。これといってかたちに表せるような慰めが少しでもあってはならない。そのとき、言葉の言いつくせぬ慰めがふりくだってくる。
 負い目をゆるすこと、未来にどんな代償も求めずに、過去をそのまま受け入れること。今ただちに、時間を停止させること。それはまた、死を受け入れることでもある。
 「かれは、神のかたちであられたが、おのれをむなしうして・・・。」この世から脱して、むなしくなること。しもべ〈奴隷〉の本性を身にまとうこと。時間と空間の中で自分の占めている一点まで小さくなること。無になること。
 この世の架空の王権を脱ぎ捨てること。絶対の孤独。そのとき、人はこの世の真実に触れる。(シモーヌ・ヴェイユ、『重力と恩寵』、田辺保訳、ちくま学芸文庫、p.27)

 笑い事ではない。私にとって亀山のドストエフスキー論と翻訳はほんとうに苦痛なのだ。
 話は大きく変わるが、亀山のドストエフスキー論と翻訳のおかげでずいぶん私のピアソラのレパートリーが増えた。ピアソラこそいまの私にとって、ヴェイユのいう「この世の架空の王権を脱ぎ捨てること。絶対の孤独。そのとき、人はこの世の真実に触れる。」という言葉の意味を実感させてくれる作曲家だ。亀山のドストエフスキー論と翻訳を読むたび、ピアソラを弾いている。
 その中でも特に「オブリビオン」と「天使のミロンガ」こそ、ヴェイユのいう「絶対の孤独」を教えてくれる二曲だ。その私の愛奏曲である「オブリビオン」は、いま竹内永和のものを弾いている。素晴らしい編曲だが、いつか國松竜次氏による「オブリビオン」の編曲も弾きたいと切望している。以前、ぶしつけを顧みず、國松氏にメールで「オブリビオン」の編曲を教えてほしいと言ったら、そのうち出版しますからという返事をもらった。
 http://www.youtube.com/watch?v=2WZBOawjNiQ
 國松氏は現在私がもっとも尊敬しているギタリストだ。國松氏の次のHPから知ったことだが、竜次という名前は國松氏の父上がヤクザ映画の主人公「竜二」という名前から取ったものだそうだ。
 http://ryuji-yarimakuri.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_fb98.html
 この竜二というのは映画「竜二」の竜二だろうか。だとすれば、これはじつに奇縁だろう。従姉妹によれば、映画「竜二」の監督、金子正次は私の母方の親戚だそうだ。なんだかとりとめのない話になった。
 とりとめのないついでに、ピアソラ自身による「天使のミロンガ」の演奏も次に掲げておこう。
 http://www.youtube.com/watch?v=bbdakZjHTys&feature=related

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と書いたが、次のウィキペディアで調べてみると、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%8B%E6%9D%BE%E7%AB%9C%E6%AC%A1
國松氏は1977年生まれだから、彼の父上が映画「竜二」(1983年)を見て「竜次」という名前をつけたということは有り得ない。残念。
 しかし、そのウィキペディアで國松氏がパコ・デ・ルシアのライブに行って、挫折していたギター修行を再開した、とあるのを見て、なぜ私が國松氏のギターに惹かれるのかが分かった。私もパコ・デ・ルシアの自由な演奏をこの上なく愛している。