原風景

もう戻ってゆけない場所がある。戻っていってはいけない場所がある。わたしにとって、それは加古川(大川)に流れ込む美濃川の橋のたもと、正法寺から宗佐と下石野に向かう細い道が交差するところだ。そこには貧しい家が一軒あったはずだ。その家を横目に見ながら、叔父が二人いる正法寺という村に歩いて行った。二人とも怖い人であった。行儀が悪いといって、いきなり張り倒されたり、無闇とにらみつけられたりした。それに比べて、叔母二人は優しかった。優しかったけれど、叔父が二人とも怖かったので、近寄ることができなかった。母はその叔父の家に行くと、いつもおろおろしていた。おろおろという言葉がそのまま身体に出ているような動きをした。瀬戸内海の明るい島の生まれである母にとって、その叔父の暗い家はふたつとも怖いところであった。今になって初めて、母の悲しさが分かる。今頃分かってもどうにもならないのだが。