才能

 楽譜は手段にすぎないということ。大事なのは、その楽譜によって作られている世界です。世界が先にあって、それを楽譜が写す。そして演奏者が、その世界を再現する。楽譜だけを忠実に再現する演奏はつまらない。また、もとになる世界のない、楽譜だけで作られた音楽はつまらない。
 これは文学作品も同じで、まず伝えたい世界があって、それを文字で表現する。その文字を読んで読む者がもとの世界を再現する。そのもとの世界のない、文字だけで作られた作品はつまらない。書くべきことが何もないのに、むりやり書いている。
 作品は作るのではなく、生まれてくる。作品の中の、作った箇所はつまらない。ドストエフスキーのような一流の作家は、そういう箇所を容赦なく捨てる。二流以下の作家は捨てられない。捨てる勇気がない。自分が可愛くてしかたがない。だから作品が二流以下になる。才能とは不要なものを捨てる勇気があるということです。自分さえ捨てるという勇気をもつこと。