読書心得

 自分の自尊心に気づいていない人は、いつも相手の一枚上を行こうとする。と言うより、誰かの一枚上を行くチャンスを常にうかがっている。
 誰かが失策を犯す。すると、ここぞとばかりに批判する。まるで「自分ならそんなことはしない」と言いたげに批判する。そして、その失策を招いた原因がどこにあったのかをその失策者(と、いちおう名づけると)とともに話し合おうとはしない。そんなことは二の次なのだ。批判者である彼あるいは彼女にとっては自分の方がその失策者よりエライということだけが重要なのだ。こういう批判者はどんな場面でも同じように振る舞う。
 たとえば、ある与党の政治家がある政策を立てて実行しようとする。すると、自分の自尊心に気づいていない批判者が野党の政治家であるとすれば、その政策について与党のその政治家と話し合うことはせず、その政策がいかにダメかということだけに焦点を当てる。これでは対話は成立しない。また、その政策が本当の意味で批判されることもない。こうして不完全な政策が実施され、国民が迷惑する。
 他人の文章を読むときも同じだ。他人の文章は常に批判的に読まなければならない。しかし、この「批判的に読む」ということと、「著者の一枚上を行こうとスキをうかがいながら読む」ということを取り違えている人がけっこう多い。
 批判的に読むとは、その著者と対話を行いながら読むということにすぎない。一方、一枚上を行こうとスキをうかがいながら読むとは、自分の自尊心を満たすために読むということであり、このような読書は不毛であり、自己満足にすぎない。