データ捏造で辞表

 きょうの朝日新聞に、患者のデータを捏造した京都府医大教授が辞表を提出したというニュースが載っていた。
 ことの次第はこうだ。京都府医大の松原弘明教授が患者に、製薬大手のノバルティス社が製造販売しているディオバン(一般名・バルサルタン)という高血圧治療薬を使った。すると、「他の薬と比べて、血圧を下げる効果に大きな差はないが、ディオバンをのんだ人たちで高血圧がかかわる脳卒中狭心症などのリスクが半減した」という結果を得た。松原弘明は2004年から、患者のそのデータを示しながらディオバンを賞賛する論文を書き続けた。
 朝日によれば、ディオバンはノバルティス社日本法人で製品別売上高トップの看板商品だそうだ。それは当然だろう。誰だってリスクのある降圧剤よりリスクのない降圧剤を選ぶ。誰もが松原教授の論文を信じ、ディオバンはベストセラーとなった。
 ところが、昨年4月、ここにその論文に疑いをもつ人物(京都大学医学部の由井芳樹助教)が現れ、松原が欧州心臓病学会に掲載した論文のデータは間違っているのではないのか、という意見を英医学誌ランセットに発表した。このため、学会は松原の論文に「致命的な問題」があるとして、その論文を認めず撤回させた。
 一方、日本循環器学会も松原の論文を調査したところ、「誰からも異論が出ないほど数多くの解析ミス」が見つかった。このため日本循環器学会も松原の論文を認めず撤回させた。
 さらにノバルティス社は京都府医大に奨学寄付金を出していたことを認めた。
 以上から、松原教授が金のために研究者の良心を売り飛ばしたということが誰の目にも明らかになった。このため、松原教授は大学に辞表を提出した。
 この事件を知って、私はこれは亀山郁夫が訳した『カラマーゾフの兄弟』の件と同じだと思った。今となっては、誰の目にも、亀山訳の『カラマーゾフの兄弟』が原作を捏造した「『カラマーゾフの兄弟』らしきもの」であることは明らかだろう。また、東大教授の某が亀山訳に「すらすら読める『カラマーゾフの兄弟』」というお墨付きを与えたため、その偽りの宣伝文句に乗せられた大衆が争って亀山訳を買い求め、それがベストセラーになったことも明らかだろう。
 しかし、松原と亀山が違うのは、松原が論文を撤回し大学に辞表を出したのに、亀山は自分の訳した『カラマーゾフの兄弟』を撤回もせず、大学に辞表も出していないということだ。