怒りの根

 昨夜、私は歌手の高橋優くんと森山直太朗くんの三人で酒を飲んでいた。
 「ほら、あのちょっと色の黒い、目の大きい女の子・・・そうそう、ぼくはあの夏菜さんという女の子が好きなので、NHKの「カバーズ」という番組をいつも見ているんだけど・・・きみがそこで歌った中島みゆきの曲はよかった」
 そう私が高橋くんに言うと、高橋くんはその美しい目を細め、
 「なんか、夏菜さんのついでに聞いたというかんじですね」
 「いやそんなことないよ」
 私が急いで打ち消すと、高橋くんが、
 「「空と君のあいだに」ですか、それとも「ファイト!」?」
 と、聞いた。
 「いや、どちらもよかった。泣いた」
 私が言うと、高橋くんはまた目を細めた。
 「あの、「ファイト!」でね・・・」と言いながら、私は口ずさんだ。

  暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
  光っているのは傷ついて はがれかけた鱗が揺れるから
  いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
  やせこけて そんなにやせこけて 魚たちのぼってゆく

 「ここがよかった。とてもよかった。泣いた」
 そう私が言うと、高橋くんは、
 「そうですか。泣いてばかりですね」
 と、また目を細めながら言った。
 「そうなんだ。年を取るとすぐ涙がこぼれる」
 気がつくと森山くんがいなくなっていた。失礼なことをした。森山くんのお母さんが好きだと言おうとしていたのに。
 と、ここで、尿意を感じて、トイレに行こうと思い、目が覚めた。
 夢だったのか。
 しかし、どうして夢の中で「ファイト!」を歌ったのだろう。
 この前、京大天皇事件の公開質問状を書いた中岡哲郎先生に久しぶりにお会いしたからか。
 あれ以来、私は中岡先生を尊敬していた全共闘の友人を思い出すことが多くなった。それとも、寝る前にテレビで、国会前で安保法制に反対するデモを見たからか。
 私は全共闘の友人たちがなぜそんな無意味なことをしているのか分からなかった。今回のデモも同じだ。
 しかし、彼らが何かに怒りをぶつけようとしていることだけは分かった。それは何に対する怒りなのか。かつての佐藤首相や現在の安倍首相に対する怒りなのか。それとも、自分の怒りを向ける対象がほしかっただけなのだろうか。
 きっと怒りの根はそれぞれ違うのだろうと思う。人には説明できない怒りの根を持っているのだと思う。そんな風に勝手に思う。
 さきほど、全共闘の友人たちを思い出しながら、「ファイト!」をこっそりくちずさんだ。かみさんに聞こえないよう、くちずさんだ。

ファイト!(中島みゆき


  あたし中卒やからね 仕事を もらわれへんのや と書いた
  女の子の手紙の文字は とがりながらふるえている
  ガキのくせにと頬を打たれ 少年たちの眼が年をとる
  悔しさを握りしめすぎた こぶしの中 爪が突き刺さる


  私 本当は目撃したんです 昨日電車の駅 階段で
  ころがり落ちた子供と つきとばした女のうす笑い
  私 驚いてしまって 助けもせず 叫びもしなかった
  ただ 怖くて逃げました 私の敵は 私です


  ファイト! 闘う君の歌を
  闘わない奴等が笑うだろう
  ファイト! 冷たい水の中を
  ふるえながらのぼってゆけ


  暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
  光っているのは傷ついて はがれかけた鱗が揺れるから
  いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
  やせこけて そんなにやせこけて 魚たちのぼってゆく

  勝つか負けるかそれはわからない それでもとにかく闘いの
  出場通知を抱きしめて あいつは海になりました


  ファイト! 闘う君の歌を
  闘わない奴等が笑うだろう
  ファイト! 冷たい水の中を
  ふるえながらのぼってゆけ


  薄情もんが 田舎の町に あと足で砂ばかける って言われてさ
  出ていくならお前の 身内も住めんようにしちゃる って言われてさ
  うっかり燃やしたことにして やっぱり燃やせんかったこの切符
  あんたに送るけん持っとってよ 滲んだ文字 東京ゆき


  ファイト! 闘う君の歌を
  闘わない奴等が笑うだろう
  ファイト! 冷たい水の中を
  ふるえながらのぼってゆけ


  あたし男だったらよかったわ 力ずくで男の思うままに
  ならずにすんだかもしれないだけ あたし男に生まれればよかったわ


  ああ 小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく
  諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく


  ファイト! 闘う君の歌を
  闘わない奴等が笑うだろう
  ファイト! 冷たい水の中を
  ふるえながらのぼってゆけ