タコツボ

 昔、木下豊房とともに亀山郁夫のスタヴローギン論や『カラマーゾフの兄弟』の翻訳についてロシア文学会あてに亀山との公開討論を申し込んだ。しばらくすると、討論会をしましょうという返事がロシア文学会から来たのだが、直前になって、木下豊房から討論会には出ることができない、というメールが来た。仕方がないので、わたし一人で行った。

 すると、講壇に亀山らロシア文学会の人々だけではなく、英米文学の翻訳で有名な柴田元幸も並んでいた。司会者が「質問はひとつにして下さい」と言うので、わたしはひとつ質問した。すると、その柴田氏が「翻訳に文句があるなら、自分で訳せばいいのです」というようなことを言い、割れるような拍手を浴びた。質問はひとつしかできないので、わたしはそれ以上質問することができず、黙っていた。壇上ではロシア文学会の人々がひとつだけではなく、何度も自説を述べていた。それは亀山のドストエフスキーの翻訳などとは何の関係もないことだった。
 そのあと、わたしが長瀬隆を批判したとき、木下は長瀬を擁護した。

 日本のタコツボは健在であると感心した。